今日も埼玉を北関東を駆け巡る!

公明党 地方議会局次長
輿水恵一さん

輿水恵一さんは市議会議員、衆議院議員として、心通い合う出会いや語らいを積み重ねるなかで、数多くの実績を残してきました。

仕事と看護を両立させながら

 私は山梨県で生まれ、母一人・子一人の家庭環境で育ちました。大学進学を機に上京し、大学卒業後は民間企業(キヤノン株式会社)に就職。本社での半年間の研修を経て、栃木県宇都宮市の事業所への配属が決まったのです。
 その後、会社での責任も重くなり仕事も充実してきた矢先に、私が幼い頃より休む暇なく働き続けてきた母が病に倒れました。
 私は看護のために、休日は宇都宮から山梨に通いましたが、宇都宮からだと3時間以上かかるため、埼玉県大宮市に引っ越しをしたのです。大宮に移ってからは、平日は始発の新幹線で宇都宮に行き、週末は山梨の病院に通う日々が続きました。
 仕事と看護を両立させるのは大変でしたが、私なりに精一杯、親孝行をしようと心に決めていたのです。看護を通して、母への感謝の思いが大きくなるなかで、母は安らかに息を引き取りました。
 母が亡くなった翌年の春に、〝悩み苦しむ人々のお役に立ちたい〟との思いで、さいたま市議会議員選挙に挑戦させていただきました。そして、支持者の皆様からの温かいご支援を賜り、3期9年間、働かせていただきました。

「指定難病対象疾病」を大きく拡大

 私は2012年と2014年に、北関東の皆様の絶大なるご支援を賜り、衆議院議員に2期連続で当選をさせていただきました。その間に取り組んだことの一つが、公明党厚生労働部会副会長を務めていた時に実現させた「指定難病対象疾病」の拡大です。難病治療の研究を一つでも多く進め、さまざまな病気で苦しむ方々に希望を送りたいとの思いで、対象の拡大に励みました。
 その結果、それまで56だった指定難病を333にまで拡大することができたのです。さらに指定を検討中の病気 (筋痛性脳脊髄炎など)を患っておられる方々も、生活支援サービスが受けられるように、福祉サービス等の利用者の範囲を広げることもできました。
 しかし、その後の2017年の総選挙では、私自身の力が及ばず、約5000票差で落選しました。
 落選より3年。この間にたくさんのことを学びました。毎日のように埼玉県内や北関東地域をまわり、地域の皆様とじっくり語り合うことができたのです。温かいお言葉をかけていただいたり、時には厳しいご意見も頂戴しました。
 それら一つひとつの出会いや語らいに励まされ、今日まで歩み抜くことができたのです。この3年間は、私の人生の大きな原点であり、次なる前進への大いなる原動力になっています。

栃木県佐野市で、農作業に励む方たちと共に

安心して希望を持って暮らせる社会を

 新型コロナウイルスの感染拡大や異常気象、また少子高齢化や人口減少などの課題を前に、従来のやり方では対応しきれない問題が発生しています。今こそ公明党は、そのネットワーク力を存分に発揮して、問題の解決に全力を注いでまいります。
 公明党は結党以来、平和の党として歩んできました。この平和とは、国家の安全保障の観点からの平和という意味だけではありません。より重要なのは、誰もが安心して希望を持って暮らせる社会をつくること。この基盤こそが平和の本質だと思います。
 私はそのことを現場の皆様から学びました。そしてこの3年間で、その思いをさらに強くしたのです。皆様からいただいたお声を原動力に、平和で安定した地域社会の構築を、必ずや実現させてまいります。そのために今日も、埼玉を、そして北関東を駆け巡ります。

☆月刊誌『灯台』2020年11月号より転載

→―地域特集― 北関東エリア 埼玉・茨城・群馬・栃木 まとめページ
→北関東エリア特集 生命と暮らし 地域の魅力を守り抜く!石井啓一さん(衆議院議員/公明党 幹事長)
→北関東エリア特集 ―特別対談― 太陽のごとく日本の未来を照らす森田実さん(評論家)福重隆浩さん(公明党 群馬県本部代表)
→北関東エリアでの公明党の実績を紹介


輿水恵一さん こしみず・けいいち●1962年、山梨県生まれ。青山学院大学を卒業後、民間企業での勤務を経て、2003年にさいたま市議会議員に(3期)。その後、2012年の衆議院選挙に比例代表北関東ブロックで立候補し、当選(2期)。現在、公明党地方議会局次長、同党埼玉県本部副代表を務める。