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特別対談「がん教育」で変わる日本の未来 (中)

林 和彦(東京女子医科大学がんセンター長)×小林豊茂(東京都豊島区立明豊中学校校長)

「がん教育」をこれまでそれぞれの立場で力強く推進してきた林和彦医師と小林豊茂校長。㊤では、NHK『あさイチ』(2017年7月26日放送の「親子で知ろう! がんのこと」)にお二人が出演するまでの経緯やお二人の出会い、明豊中学校でのがん教育の授業の模様などを語り合っていただきました。今号では、がん教育についてさらに語らいが深まります。

hayasikazuhiko2 東京女子医科大学がんセンター長
林 和彦
はやし・かずひこ●1961年、東京都生まれ。医学博士。東京女子医科大学化学療法・緩和ケア科教授、がんセンター長。2014年に特別支援学校自立教科教諭一種免許状、2017年に中高の保健科教諭一種免許状を取得。著書に『子どもと一緒に知る「がん」になるってどんなこと?』(セブン&アイ出版)など。
kobayasi2 東京都豊島区立明豊中学校校長
小林 豊茂
こばやし・とよしげ●1961年、東京都生まれ。2014年4月、豊島区立明豊中学校に校長として赴任。学校として「がん教育」に取り組むなか、2016年夏に自身にステージ4の肺がんが見つかり、現在も治療を継続している。全国新聞教育研究協議会会長。
 

小林先生の生き方こそが私が伝えたいこと

――2017年5月13日に行なわれた明豊中学校での「がん教育」の授業(土曜授業)では、生徒代表4名による作文の発表がありました。どのような題材を取り上げていたのですか。
小林 食という観点から命を見つめたもの、病や自殺から命や生き方について考察したもの、がんで亡くなった祖母について書かれたもの、小林麻央さん(*)のブログについて書かれたものです。
 洞察力、感性が本当に素晴らしかったですね。4名に直接質問をして講評をさせていただき、授業の導入としました。
 ですが、今回の授業のメインは、小林先生のお話だったと思っています。先生の語ったこと、特に「がんの悩みは1人で抱えるのは大きすぎるから、周囲の人にがんであることを話して助けてもらえばいい。それは恥ずかしいことではなく、励まされているうちに元気になってくる」という話は、多くの人の心に届いたはずです。先生のがんに負けない前向きな生き方、周りをも元気づけてしまう姿は、私ががん教育で伝えたいと思っている理想像そのものなんです。

「がん教育」は禁煙教育でもある

――林先生は2017年1月、特別支援学校の自立教科と、中高の保健科の一種免許状(教員免許)を取得しました。
 はい、医師としての仕事はこれまで通りに行ないながら、3年間、血のにじむような努力を重ねました。
小林 林先生が教員免許までとられてがん教育に取り組む情熱に、私は本当に頭が下がる思いでいるんです。
 私は数年前から実際に学校に足を運んでがん教育の授業を行なっていますが、そうするようになって、子どものことをもっと知りたいと思うようになったんです。また自分が「教育」について、あまりに無知であることも痛感しました。教員免許を取得したことで、学校の先生方との距離が縮まり、よりよい授業ができるようになったと感じています。
 授業後のアンケートで、「家族にがん検診を勧めたい」と思う子が大幅に増えたり、「がんへの認識が変わった」などと書かれた感想を見たりすると、やりがいを感じます。
小林 土曜授業のアンケートでも、「命の大切さがわかった」「がんの人がいたら励まそうと思う」「早く見つければ治る病気だとわかった」などの感想があって、先生の話をきちんと受け止めていました。とりわけ多かったのが、「たばこは絶対吸わない」「親に禁煙を勧める」など禁煙について。これまで行なってきたのは何だったのかと思うぐらい、がん教育に禁煙教育の効果があることがわかりました(笑)。
――東京・豊島区は、他の自治体に先んじて、がん教育に取り組んでいると聞いています。
小林 子どもたちの将来にわたる健康づくり、がんの検診率アップなどを目指して、平成23年4月に豊島区がん対策推進条例が施行されました。そして独自のがん教育プログラムを作り、全国で初めて区立の全小中学校で授業を展開しています。私のがん教育活動を教職員が応援してくれ、比較的自由に動けるのはこうした背景があるからです。
 プログラムの開発は前例がないため、国立がんセンターなどの協力を得て行なったと聞いています。先見性のある区です。
小林 ただ残念ながら、教員のなかには、さまざまな教育課題があり、がん教育まで行なうことを歓迎しない人もいます。
 がん教育の推進には、先生の意識の変革も重要だということですね。
小林 その通りです。(つづく)

*小林麻央さんは元フリーアナウンサー。乳がん闘病の日々を、死去する3日前までブログにつづる。享年34歳。

☆月刊誌『灯台』2017年11月号より転載