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いのちの大切さを知る「がん教育」

東京女子医科大学がんセンター長
林 和彦

がんの専門医として「がん教育」の現場に立つ林和彦先生に、これからのがん教育のことや、子どもたちに託す思いを聞きました。

日本人の2人に1人が「がん」にかかる

 今は、日本人の2人に1人ががんにかかる時代です。男女別では、男性の63%、女性の47%がかかる、よくある病気なのです。それなのに、多くの方ががんを正しく理解していないために、がんにかかると大きなショックを受け、悩まれているのです。長年、がん患者さんやご家族にかかわるなかで、そのことに気づきました。
〝本来悩まなくてもよいこと〟で悩み、苦しまれる姿を目の当たりにするうちに、一般の方々にがんの知識を伝えたいと思い、公開講座やマスコミを通じての啓発運動を始めました。
 その矢先、こんなことがありました。がん患者さんといつも一緒に病院に来る幼稚園児のお孫さんが、抗がん剤治療の副作用で髪の毛がごっそり抜けた姿を見て、「おばあちゃん、気持ち悪い」といったのです。〝なんて思いやりのない子だろう〟と憤慨しましたが、考えてみれば、この子はがんの知識がないのですから、違和感を覚えたのは当たり前です。
「この子たちにがんのことを知ってもらうためには、どうしたらよいか」と悩み、ひらめいたのが、学校に行って、伝えることでした。そして2013年に、私は「がん教育」を始めたのです。

がんを防ぐための新12か条 

1 たばこは吸わない
2 他人のたばこの煙をできるだけ避ける
3 お酒はほどほどに
4 バランスのとれた食生活を
5 塩辛い食品は控えめに
6 野菜や果物は不足にならないように
7 適度に運動
8 適切な体重維持
9 ウイルスや細菌の感染予防と治療
10 定期的ながん検診を
11 身体の異常に気がついたら、すぐに受診を
12 正しいがん情報でがんを知ることから
(がん研究振興財団 2011年)

教員免許を取得して「がん教育」に取り組む

「がん教育」の授業を始めてみると、自分が「教育」のことについて、あまりに無知であることを痛感することが多々ありました。
 そこで、「教育」について学び直そうと決意し、教員免許を取得できる大学の通信課程に入学。仕事はこれまで通りに行ないながら、3年間、血のにじむような努力を重ねました。
 そして2017年1月、特別支援学校自立教科教諭一種免許状と、中学校と高校の保健科教諭一種免許状を取得することができました。

早期発見で90%以上が治る

 がんは体の細胞が分裂するときに、遺伝子がミスコピーされることから生まれます。健康な人の体のなかにも、毎日がん細胞が生まれていますが、通常は、体の免疫力によって壊されます。しかし、免疫力がストレスや運動不足などで低下して、がん細胞が壊されることなく増え続けると、がんになるのです。
 検診などで発見できる1センチほどのかたまりになるまでに、およそ10~20年かかり、その後は、増殖のスピードが増して、1~2年で2センチほどの大きさになります。
 では、がんを防ぐためにはどうしたらいいのでしょうか。がんの原因の多くは、喫煙、お酒の飲み過ぎ、運動不足などの生活習慣がかかわっています。ほかにもウイルスや細菌の感染などが要因になることもありますが、生活習慣を整えることで、ある程度、防ぐことができます。
 仮にがんになったとしても、そのほとんどは早く見つけて治療すれば、90%以上が治ります。初期のがんは症状が現れないまま進行することが多いので、早期発見のためには、定期的に検診を受けることが大切です。とくに女性は、若い世代もかかりやすい子宮頸がんの検査を、20歳以上になったら受けることを勧めます。

チームを組んで「がん教育」を

「がん教育」については、国も全国展開を目指して、2014年度からモデル授業を開始するなど、準備を進めています。
 全国展開をするためには、がん専門医や学校、行政関係者などによる「がん教育推進協議会」を設けるなど、外部講師と学校側を円滑に結び付ける工夫、支援が必要です。さらに、テレビ会議システムなどを通した遠隔教育授業をするなど、地域や学校に合わせた対応を考えていくことも必要でしょう。
 私は、これまでの活動から、学校現場で、経験に即した話ができるがんの専門医が外部講師として加わることへの期待が高まっていると感じています。その期待に応えるため、外部講師として、学校の先生とともに授業を構築できるような医師を早急に育成したいと考えています。

授業で意識が変わる子どもたち

 がん患者さんには、体のつらさもありますが、それ以上に「治らないかもしれない」「仕事はどうしよう」などの心理的なつらさが重くのしかかります。
 がん教育の授業では、患者さんのこうしたつらさに加えて、今は治療だけでなく、悩みや心のケアをするサポートも行なわれていることを話します。そのうえで、患者さんを支える力は、病院のスタッフよりも、ご家族や仲間のほうが大きいことを伝えています。
 授業後、子どもたちは、「がんは死んでしまう病気ではないとわかった」「がんとたたかっている人がいたら、支えられる人になりたい」などのすばらしい感想を寄せてくれます。また、授業を受け、家族の方に検診を勧めてくれた結果、検診受診率が上がった地域もありました。
 私はがん教育で「自分のいのちを大切にすること」を学んだ子どもたちは、いずれは他人のいのちを思いやり、国全体の医療をも考えられる大人になってくれると信じています。

奇跡の犬、ウィル_cover(元)
書籍紹介
 子どもと一緒に知る
「がん」になるってどんなこと?
 セブン&アイ出版
 1400円+税 好評発売中
 
林先生がこれまで授業のためにまとめた教材をもとに作られた、子どもたちのみならず、「がん教育」を行なう学校の教員、医療関係者、さらには、保護者や一般の方々にもためになる1冊。知識や情報などがわかりやすく説明されているだけでなく、子どもの視点と患者さん本人の視点から書かれた「3つの実話」を通して、気持ちも理解できるように工夫されている。がんを知るための本として、絶好の教材となるに違いない。

お知らせ
林先生のがん教育の授業、また地区医師会や教育委員会での講演を希望される場合は、ぜひ編集部にご連絡ください。スケジュールが合えば、交通費のみで、林先生が全国どこへでも伺います。
灯台編集部 FAX:03-5269-7148 mail:todai@daisanbunmei.co.jp

 
☆月刊誌『灯台』2017年7月号より転載


林 和彦 はやし・かずひこ●1961年、東京都生まれ。医学博士。86年に千葉大学医学部卒業、東京女子医科大学消化器外科に入局。94年、米国・南カリフォルニア大学留学。2010年、東京女子医科大学化学療法・緩和ケア科教授、14年同大学がんセンター長に就任、現在に至る。多くの学会の認定医・専門医等になっている。特別支援学校自立教科教諭一種免許状、中学校・高校の保健科教諭一種免許状を取得。著書に『子どもと一緒に知る 「がん」になるってどんなこと?』(セブン&アイ出版・右頁掲載)など。ブログ「『がん』になるってどんなこと?」が好評を博している。 http://doctor-teacher.hatenablog.com/archive